稲村ヶ崎の慰霊碑と「真白き富士の根」
景勝地の一角に、静かに佇む碑があります。その背景には、海の怖さを忘れてはならないという記憶があります。
最終更新:2026年10月27日
1910年の遭難
1910年(明治43年)、七里ヶ浜沖で逗子開成中学校の生徒ら12名を乗せたボートが転覆し、全員が亡くなりました。
「真白き富士の根」
追悼のために作られた歌「真白き富士の根」は広く歌われました。公園には遭難者を悼む慰霊碑が今も立っています。
石碑やコッホ碑とあわせて、岬をたどると慰霊碑に出会えます。
よくある質問
稲村ヶ崎の慰霊碑は何を悼むものですか。
1910年に七里ヶ浜沖で逗子開成中学校の生徒ら12名を乗せたボートが転覆し、全員が亡くなりました。追悼の歌「真白き富士の根」は広く歌われ、公園には遭難者を悼む慰霊碑が今も立っています。