稲村ヶ崎を描いた浮世絵|広重と芳年
岬の名は、風景としてよりも先に、新田義貞の物語の一場面として広まっていきました。その物語を描いた浮世絵があります。
最終更新:2026年10月27日
画題としての「太刀を海へ」
太刀を海へ投じる場面は絵になる主題として好まれ、歌川広重や月岡芳年をはじめ多くの絵師が繰り返し描きました。
左に並べた二枚の浮世絵もそのうちの作です(本サイトの写真帖でも紹介)。
風景より物語で広まった
岬の名は、風景としてよりも先に、この一場面として広まっていきました。そのため、稲村ヶ崎を描いた浮世絵の多くは、義貞の姿や龍神の気配を中心に据えています。
よくある質問
稲村ヶ崎を描いた浮世絵はありますか。
太刀を海へ投じる場面が絵になる主題として好まれ、歌川広重や月岡芳年をはじめ多くの絵師が描きました。岬の名は風景としてよりも先に、この物語の一場面として広まっていきました。